暑熱順化の獲得と消失
ポイント
- 暑熱順化の獲得は血漿量の増加や心拍数の低下、深部体温の低下、発汗量の増大で評価される
- 暑熱順化の消失はその効果を獲得に要した期間に依存する
- 暑熱順化の効果は日本の場合、梅雨明け以降に獲得されると考えておいた方がよい
始めに
今回は順化についてより理解を深めていただけるように、より詳しく、そして前回は触れていない部分についても紹介します。また、暑熱環境下で運動を行った場合に得られた暑熱順化のデータを基に、その獲得と消失について話をしたいと思います。
順化効果を得るための具体的な方法
- 各個人の最大心拍数を計算で出します。
式;220-年齢
例えば20歳の場合、220-20=200となります。 - 安静時心拍数を算出します。1分間の安静でよいです。(例えば60拍)
- 最大心拍数の50%から60%の範囲の心拍数を計算します。
式;(最大心拍数―安静時心拍数)×運動強度(50%であれば0.5)+安静時心拍数
例えば50%の場合 (200―60)×0.5+60=130(拍)
例えば60%の場合 (200―60)×0.6+60=144(拍) - 上記の強度の運動を1時間以上継続します。
ただし、発汗があまりない気象条件で行うよりも、発汗が十分に促される気象条件で運動を行った方がよいです。体調には十分に留意しながら行なってください。 - 1週間以上連続して行わず、必要に応じて適宜休息日を設けてください。
- 順化効果の簡便な確認方法は次の通りです。
・同一環境下、同一負荷時の心拍数を計測し、低下が認められれば順化の効果を獲得できています。
・同一環境下、同一負荷時において、同一経過時間時の市販の発汗チェッカーを用いて発汗量が増えているか計測します。増えていれば発汗能が向上しています。
上記はあくまでも目安であり、効果を必ず保証するものではありません。また、実際にはこれ以上の強度で暑さの中で運動をしている方も多いと思います。
効果の確認には、トレーニング前の値が必要ですので、記録しておくことをお勧めします。
暑熱順化の獲得
暑熱順化が起こるためには、体内の深部体温が上昇することが必要です。つまり暑さに慣れる身体を作るためには、身体を高体温状態に保つことが必要です。
暑熱順化の多くの実験は、深部温が38.5 ℃以上になるような持久的な運動を数日間継続して行ない、暑熱順化の効果の獲得の有無や消失について検討を行っています。順化に関する実験で採用される運動強度はおおよそ最大酸素摂取量の50%〜60%前後です。中にはもう少し強度の低い研究もあります。少し意外かもしれませんが、運動強度を高く設定すると暑さの中で運動を継続することができなくなり、深部体温を高い状態に保つ時間が短くなってしまったり、発汗が十分に行われる前に、運動を終えなければならないなどの側面があるからです。運動の継続時間は1時間から1時間半程度が用いられますが、実験によって差があります。暑熱順化の様々な効果はおおよそ1週間から2週間で獲得できますが、得られる効果の出現は一様ではありません。
最初の効果として現れるのが、血漿量*の増加と同一運動強度での心拍数の低下です。これらは順化トレーニングを開始して2日から3日目で変化が認められます。その後同一強度での深部体温や皮膚温の低下、温熱感覚の低下が1週間ほどで除々に認められます。しかしその一方で、発汗量は1週間を過ぎてもなお増加し、2週間ほどで定常となります。
研究では、このような指標の変化を観察し、順化の効果が獲得できたか否かを検討します。この他に、汗の塩分濃度の変化なども判断基準とする場合もあります。残念ながら、これらの指標の変化は、実験で測定しているから明らかになることであり、通常、競技現場や日常生活でこれらの変化を簡易的に確認することは難しいのが現状です。
* 血液中の液体成分
暑熱順化の消失
獲得した順化効果はどれ位で消失するのでしょうか?
一般に順化の効果は、順化期間が長ければ長いほど持続すると考えられています。言い換えると、長い時間を掛けて獲得した順化の効果は、1週間や2週間で得られた順化の効果より長く継続すると考えられています。それでは短期間で得られた順化の効果はどうでしょうか?先ほどの指標の変化を基にいくつかの実験結果を紹介します。
まず、5日間の順化トレーニングを行い、その後2週間での獲得した順化効果の消失を検討した実験では、順化トレーニング後1週間目までは、暑熱下における同一強度での運動時の深部体温および心拍数は低く保たれていましたが、2週間後にはその効果は消失してしまいました。一方、14日間の順化トレーニングを毎日90分行った実験では、順化トレーニングを終了して2週間後でも獲得した効果は維持されていました。さらに他の報告では、10日間、110分間に及ぶ順化トレーニングを毎日行うと、その効果が26日後も持続されていたことが報告されています。
順化の消失に関しては、消失期間における環境条件のコントロールや運動条件のコントロールの難しさなど様々な要素がその消失に複雑に関係することから、実験結果の解釈には注意が必要であることは言うまでもありませんが、基本的には順化期間が順化効果の維持と関係すると言えます。
梅雨前の気温上昇で順化効果が得られているか?
梅雨前に晴天が続き気温が上昇し、その後梅雨となり肌寒い天候が続く今年のようなケースは順化の効果は獲得できているのでしょうか?獲得できているとしたら、その効果は継続しているのでしょうか?
順化の獲得に関するデータを取っていないので正確なことはわかりませんが、おそらく、今年の場合では、梅雨前の晴天続きの際に屋外で大量の発汗を伴う運動を継続して1週間して行うことができた方は、少なからず順化の効果を獲得していたと考えてもよいかもしれません。
しかし、その後の天候や、そもそも数週間も気温が高い状態が続いていないことを考えると、梅雨が明けていない現時点では、その効果は消失していると考えておいた方が良いと思います。順化効果が十分に獲得されていないことや梅雨の期間における気温が低く、順化効果の維持のために必要な深部温の上昇を定期的に獲得することが難しい気象条件であったことがその要因として考えられるからです。従って、これから梅雨が終わり気温の高くなる日が多くなることが予想されますが、順化の効果はすぐには獲得できませんので、熱中症の発症に対して十分な注意が必要です。梅雨明けに熱中症の発生件数が増加することからも、このことは容易に想像がつくのではないかと思います。
アメリカにおけるアメリカンフットボールの事例
アメリカンフットボールでは、プレシーズン初期の4日間で熱中症の発生率が高まることが明らかになっているようです。そしてその背景として、以下の3つの要素(原因)が指摘されています。
- メディカルスタッフの助言に応じず、コーチがトレーニングの強度を調節することができないこと
- 順化もできておらず、体力的にもフィットしていない選手が強度の高い練習を行ってしまうこと
- 順化する前に熱放散を妨げる防具を装着してしまうこと
これらのことから、この時期は徐々に身体を慣らしていくことを目的とし、熱中症の発生リスクを減らすために運動の強度や時間、休憩時間について常に状況に応じて修正することが、現場のコーチングスタッフには要求されています。
一方、日本ではどうでしょう?選手やアスリートを熱中症のリスクから少しでも遠ざけることのできるこのような取り組みは、是非、日本のスポーツ現場でも行なうべきだと考えます。
参考文献
Poirier MP et al. Whole-body heat exchange during heat acclimation and its decay.
Med Sci Sports Exerc. 47(2):390-400, 2015.
Périard JD et al. Adaptations and mechanisms of human heat acclimation: Applications for competitive athletes and sports.
Scand J Med Sci Sports. 25 Suppl 1:20-38, 2015.
Garrett AT et al. Induction and decay of short-term heat acclimation.
Eur J Appl Physiol. 107(6):659-670, 2009.
American College of Sports Medicine
American College of Sports Medicine position stand. Exertional heat illness during training and competition. Med Sci Sports Exerc. 39(3):556-572, 2007.